儀仗隊が着装している軍服は、陸軍と海軍のものがあります。冬であれば、海軍は紺色のもの、陸軍はカーキ色の服を着用しています。左の写真は、陸軍の兵下士官用のですので、今回はそれを紹介します。
私達が陸軍の式典等で主に着装しているものは、昭5式と言われる軍服を中心に着装しております。これは文字通り昭和5年から昭和13年までは着用された軍服となります。実は、軍衣袴には将校のものと兵下士官のものがあり、実は、見た目以上に違いがあるのですが、今回は兵下士官の服を中心にご説明します。
我が国では、実は、軍服という言い方が法律にはなく、上着を軍衣とし、ズボンを軍袴と定義して、上下で軍衣袴と定義していましたので、これからは軍服と言わずに軍衣袴と言わせてください。
昭和5年当時、1930年までは、世界中の軍服は、この写真のように詰襟が主流でしたが
やはり、詰襟の運動性の悪さと服の襟が壊れやすいという難点から徐々に襟が各国で工夫されて変っていきます。
さて、この昭和5式の軍衣の両襟には、赤い襟章がついており、この襟章はこの兵隊が歩兵であることを示しています。中国では、日本の時代劇のように悪役と言えば、決まって日本軍軍人役の俳優さんがこの詰襟の昭5式を着用していますので、中国ではすっかり悪役の服となってしまいましたが、第2次上海事変以降は、襟が改編されたものが主流になりますので、実は映画によっては時代的には会わなかったりします。
赤い両襟の中には、不思議な字体によって書かれた金色の番号がありますがこれは、福岡城を拠点にしていた福岡歩兵第24連隊を表したものです。
通常、私達儀仗隊は、陸軍の儀仗式典と言えば、この24連隊の番号を付けた軍衣を着用しています。番号を良くご覧に成られると、今の字体にはないなんとも不思議な字体です。神社で使われる字体であるとか当時の役所で使われた字体であるとか諸説あるようですが、いずれの文字も若干違うので、当時偽造を防ぐために軍が独自に開発した字体とするのが正しいような気がします。
両肩には、その兵隊の階級章が取り付けられていますが、当時兵隊は必ず背嚢(リックサック)を背負いますので、兵舎で生活をしたり、平和な時は、目立ってカッコも良かったのですが、時代と戦局が悪化するにつれて、この肩に取り付けられた階級章が邪魔になっていきます。昭和13年の襟が詰襟から折り襟の変わる改定時に両襟に階級章を取り付けることになります。
今後、儀仗隊の活動をご覧に成られる時には、軍衣の特徴を注意してご覧になられると面白いと思います。
※写真の襟の内側には、襟の形の形成を確保するために今の学生服で使われていますプラスチック製のカラーが取り付けられています。後でも紹介しますが当時実際には、襟布と呼ばれる布製の内襟を着用していました。

0 件のコメント:
コメントを投稿