2019年12月20日金曜日

陸軍兵用背嚢


儀仗隊員が背負っていますランドセルを陸軍では背嚢(はいのう)と呼んでいました。
写真は、昭5式背嚢と呼ばれる防水帆布で作られたものを使用していますが、この昭5式の前の明治45年式背嚢は牛革を使用しており、毛皮で雨を弾くという贅沢な発送で考えで作られました。当然、軍拡により兵の徴収が拡大する中、牛皮を使う事をやめ帆布に変えたこので更に、大量生産が出来るようになりました。中には、戦地等へ移動する場合には、兵士として必要な物を背嚢の中に入れていました。
兵下士官は、この背嚢を国家から支給されていましたが、将校は革製で出来た将校用背嚢を自費で購入し、準備をしていましたが、将校の革製背嚢は、実質、身の回りのものと言えば、歯ブラシ程度のものしか入れておらず、マップケースの延長線として使用していたようです。
儀仗隊員は、儀仗で兵が参加する場合には、当時の儀仗衛兵は必ず背嚢を背負ことが決まりであったので、私達儀仗隊員も、同じように背嚢を背負い、その背嚢には、個人用毛布と巻き付けておりました。


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